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広島高等裁判所 昭和35年(う)320号 判決 1960年12月26日

主文

原判決中被告人等に関する部分を破棄する。

被告人等に対する本件公訴は之を棄却する。

理由

弁護人原田香留夫、同椢原隆一、同荒木宏、同森川金寿の陳述した控訴の趣意は記録編綴の弁護人豊田秀男作成名義控訴趣意書(第二点を除く)記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

各弁護人の事実誤認の論旨につき判断するに先立ち職権を以て本件親告罪の告訴取消の有効無効の点につき審究するに、第一審が被告人両名及び第一審相被告人高田清子の三名に対し有罪の認定をした本件結婚誘拐の罪が親告罪であることは刑法第二二九条の規定するところによつて明らかであるところ、記録によれば本件の告訴は昭和二九年九月二九日附府中警察署長宛に提出された被害者高橋早子名義の告訴状によつてなされたものであること、その後右早子の父健爾は本件公訴提起前である同年一〇月八日同警察署司法警察員大空雄三に対し口頭を以て告訴の取消をなし、これに基づき右警察員による告訴取消調書が作成されていることが夫々明らかである。ところが右告訴取消調書には冒頭前文に「不法監禁被疑事件について」との記載があり誘拐被疑事件についての記載がなく又右取消が早子の代理人としてなされた旨の記載も、早子の委任状の添付もないので(イ)右告訴取消は第一審で無罪とされた非親告罪である不法監禁の事実に対する部分のみに関するものであつて第一審で有罪とされた親告罪である結婚誘拐の事実に対する部分については告訴の取消が行われなかつたのではないかという疑問が生じないわけではなく、又(ロ)右父健爾の告訴取消は果して被害者早子の代理人としてなされたものであるかどうかについても問題が存する訳である。そこで先づ(イ)右取消の範囲について考えて見るに記録編綴の該告訴取消調書中の告訴事実の項並びに告訴取消の理由の項の記載、当審で証拠調べをした昭和二九年九月二九日附司法警察員井上栄作成の高橋早子の告訴調書の記載に、証人高橋健爾、同前田(旧姓高橋)早子の各当公廷における証言を綜合すれば、本件告訴取消の対象範囲は告訴事実の全部、即ち誘拐行為より不法監禁の事実に亘る一連の全事実に対する告訴取消であり、右告訴取消調書冒頭前文に「不法監禁罪被疑事件について」との記載があつて誘拐罪被疑事件についての記載がないのは、右告訴取消調書の作成に当り対照せられた司法警察員井上栄作成の高橋早子の告訴調書の冒頭前文が同様の体裁になつていたのをそのまま引き移しに記載したために外ならないのであつて特に告訴取消の範囲を限定する趣旨でなされたものではないことが明らかである。

次に(ロ)告訴取消についての父健爾の代理権の有無について考えてみるに、刑事訴訟法第二四〇条の代理人による告訴取消の場合においては、必ずしも明示の意思表示による代理権の授与はなくとも、その代理人の告訴取消が本人を代理してなされたものであることが実質的に証明せられる限り適法有効なものと解するを相当とするところ、前記告訴取消調書の記載に、証人高橋健爾、同前田早子の各当公廷における証言を綜合すれば、昭和二九年一〇月七日被告人和田利明の父和田太吉及び祖父和田理総太が共に高橋家へ謝罪に赴き、又隣保班長である井藤峰一、若井豊、松葉欣一の三名並びに健爾の親族小林志吉等の勧誘や斡旋があつたので、健爾は「今後一切和田利明は早子を手がけぬこと、早子とは結婚しないこと」を相手方に約束させた上で告訴の取消しをすることを承諾し、翌朝家族の者に「今から告訴の取消の為警察へゆく」旨を告げて家を立ち出でたのであるが、その際早子も父健爾の言葉をきき、父が右事情により告訴の取消のため警察に赴くものであることを知りながら「それで事件がすむことなら、それもよかろう」という心境のもとに暗黙のうちに父健爾の右行為を容認し同人にその処置を一任したものであることが認められる。それが事の真相であるとするならば早子は暗黙のうちに父健爾に告訴取消についての代理権を授与したものと解するのが相当であつて、このような解釈は本件のような事情の下においては、(とくにそれが父親と全面的にその庇護の下にある二〇才に達したばかりの娘との間に行われたものである点を考慮にいれると)条理に反するものであるとは考えられない。尤も記録によれば早子はその後一審の公判において証人として尋問を受け被告人等に対し厳重処罰を望む旨の供述をしていることが認められるが、早子の当公廷における供述によれば、それはその後の心境の変化によるものであることが明らかであるから前記認定の反証とはならないものであり、又早子の兄高橋春己の一審証人としての供述も必ずしも右認定の妨げとなる内容を持つものとは考えられない、その他には記録を検討するも前記認定を疑わしめる資料は存しない。果して然らば父健爾のなした告訴の取消は第一審で無罪とされた非親告罪である不法監禁の事実に対する部分のみに関するものではなく第一審で有罪とされた親告罪である結婚誘拐の事実に関する告訴をも取消したものであり、且つその取消は被害者早子の代理人としてなされたものであると認めるのが相当であるから、本件結婚誘拐の事実に対する公訴の提起はその適法条件を欠き無効のものといわなければならない。然らば右告訴取消の事実を看過して被告人等に対し本件結婚誘拐の事実に対し有罪の言渡をした原判決は訴訟手続に法令の違反があり、これが判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は弁護人の事実誤認の論旨につき判断をなす迄もなく此の点においてとうてい破棄を免がれない。よつて弁護人の事実誤認の論旨に対する判断を省略し、刑事訴訟法第三七九条第一項に則り原判決を破棄し同法第四〇〇条但書により当裁判所において直ちに判決する。

本件公訴事実の要旨は

被告人和田利明はかねてから芦品郡服部村大字服部本郷一〇六番地高橋早子に対し私かに思いを寄せていたが、尋常の手段方法ではとうてい同女との結婚は至難であると思念し、之が方策に苦慮していたが偶々高田清子が前記早子と以前懇意であつたことを知り之を奇貨に右清子及び同女の夫久夫等と計り虚言を用いて前記早子を自宅に伴い以て結婚を強要するに如くはなしと思考し、茲に被告人和田利明同高田久夫は高田清子と共謀の上昭和二九年九月二六日右高田清子において前記服部村に赴き前記早子方附近において同女に対し「以前自分と関係のあつた亀川から来た手紙が主人に見られ、その関係を疑われて困つているが貴女も知つての通り亀川との関係は、とつくの昔切つてあるのだから貴女も来てそのことを話してくれんか」等と虚構の事実を申向け前記早子をして、その旨誤信させて巧みに同女を誘い出し同日午後三時頃前記自宅離れ六畳間に同女を連行し以て結婚の目的を以て誘拐したものであるというのであるが右公訴事実は告訴を待つてその罪を論ずべきものであるところ記録並びに当審証拠調べの結果によれば右事実につき公訴の提起される前告訴の取消があつたことが明らかであるから刑事訴訟法第三三八条第四号に則り右事実に関する公訴は之を棄却すべきものとする。

よつて主文のとおり判決する、

(裁判長裁判官 渡辺雄 裁判官 高橋正男 裁判官久安弘一は転任につき署名押印することができない。裁判長裁判官 渡辺雄)

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